4つのだぶりゅー

タイトルとは全く関係のない、好きなことを書くだけのブログ

正直な人ほど、すべての人の目に正しいと見られるように注意深く事を運ぶ

イアドネス

一八三八年六月、自分はかつて詐欺をしたことがあるので、利息をつけて、ミュラーを通じて本人に返済したいと言って来た人がいた。ミュラーはそれをそのまま郵送せずに、わざわざ銀行為替を組んでその人に代わって送金した。もし後日必要が生じたならば、送金の代理人として誠実に行動したことを証明できるように、公の記録に残しておくためである。「正直な人ほど、すべての人の目に正しいと見られるように注意深く事を運ぶ」という格言があるが、彼は全くそのままを行ったのである。


『信仰に生き抜いた人 ジョージ・ミュラー その生涯と事業』 A•T•ピアソン

P321-322より

神は私たちのささげるものを、私たちの手もとに取っておくものによって評価される

イアドネス

 神は私たちのささげるものを、私たちの手もとに取っておくものによって評価される。ささげた金額がどんなに多くても、手もとに置いてある分がそれよりもずっと多すぎて、自己否定などしたくてもできないような場合もありうるからである。このようなささげ方は少しも犠牲にはならない。


『信仰に生き抜いた人 ジョージ・ミュラー その生涯と事業』 A•T•ピアソン

P312より

所有欲

イアドネス

所有欲は必ずのろいをもたらすものであり、そのために外的な富は内的な貧困をもたらす源泉となってしまう。神の子である者がひたすら富を蓄積し、しかも霊的な成長や喜びを失うことがなかったなどという例が、はたしてこれまでにあっただろうか。貪欲こそ最も下等な破壊的な不徳であり、人間をその崇拝する貨幣に似て堅い、冷たい、金属的な、人情味のない者に変えてしまう。そしてよく言われるように、ついにその人は「カチンと音をたてて」自分の棺の中に落ち込むようになる。


『信仰に生き抜いた人 ジョージ・ミュラー その生涯と事業』

P312より